ライフデザイン建築研究所

コラム

10年の歳月


今年10月で、弊社は10年目を迎えます。
昔、宇宙科学者の糸川英夫先生が、10年同じことをやれば十分、後はマンネリ化していくだけといわれていました。先生の名声は、日本の探査ロケット「いとかわ」に命名されているように、世界に誇る研究者でした。
省みて、弊社は10年を迎えるにあたり、どのような歩みをしてきたのか、反省しきりです。
最初の5年は、ただ闇雲に前進していたように思います。最近は、落ち着いたといえば聞こえは良いのですが、停滞気味にも思えます。
10月下旬の研修旅行は、京都大学三浦教授、東北工業大学石井教授と一緒のたびを企画しました。二泊三日で四国を廻る。
以前設計した愛媛県宇和島市に建つ「あさひ苑」の見学と、故京都大学教授外山先生が若い時代に設計した教会を見ることが中心です。
「あさひ苑」は、開所して昨年で10年でした。同じ時間をすごした建築を見て、初心に帰ること、そして外山先生の設計された教会に訪れて、自分の原点を見つめなおすこと。幸い、三浦先生、石井先生もご同行いただけるという幸運に恵まれました。新たな出発、新たな10年を、頑張って行きたいと考えています。  茂木聡

9月22日JIA秋田地域会主催、二ツ井道の駅見学会


道の駅は、能代市に在住し、全国で活躍されている西方氏の設計による、木造の建築です。構造設計は、弊社でも以前、国際教養大学図書館で一緒に仕事をした山田憲明氏。一部集成材は利用しているものの、一般に流通している木材を利用した簡潔な構造計画で大胆な空間を作り出しています。断熱は西方氏の得意なジャンルで、高性能住宅用サッシを採用し、コストダウンに成功しています。派手な建築ではありませんが、まじめで実直な西方氏らしい作品でした。見学者は、千葉、山形、宮城、岩手、青森そして秋田と広域から集まりました。休日であったこともあり、多数のお客様が集まり、道の駅というジャンルを超えて、遊び場としてのイメージも地域に根付きつつあるようです。おおらかな空間構成、理詰めでないデザイン、ゆっくり、過ごしやすい空間となっていました。JIAの活動は広く一般に建築設計という業務を広めること。
その意味からも見学した道に駅は、好感の持てる建築でした。  茂木聡

医療福祉施設先進施設視察会に参加して


8月17,18日と、医療福祉建築協会幹部会員有志による、2017日本医療福祉建築賞受賞作品及び、仙台市に新たに開設された複合福祉施設の視察に参加しました。総勢十名を超える人数と成りましたが、有意義な勉強会でした。17日は、岩手県大船渡に建設された特別養護老人ホーム「百年の里」。大船渡や仙台に施設を展開する大規模な社会福祉法人で、ユニットケア関連でも先駆的運営を行ってきたところです。ショートステイを含めて百名の定員。十字形を二つ繋いだ病院等で近年多く見られる平面計画。高さ制限10mに三階建てを計画し、天井を低く見せないよう、様々な工夫が随所の施されていて、苦労、努力のあとがわかる労作でした。設計者は初めて福祉施設を手がけた内藤氏。氏は以前、新居千秋事務所に勤務していたそうです。説明の中で、ユニットに関する考え方が少し誤解を持っている部分もありましたが、運営側はユニットケアに関しては精通しているため、問題はなかったようでした。
天上高さを確保するため、折れ曲がった形でダクトや梁をかわした構想力は、とても大胆で面白く見させてもらいました。ただ頑張りすぎた感もあり、見ていて息苦しさも。設計者は80%造りこみ、残り20%は運営者が造ると語った故外山先生の言葉を思い出しました。
18日は仙台市に新たに作られた「アンダンチ」。サービス付高齢者住宅、小規模多機能施設、保育園、就労支援施設、レストランを一箇所にまとめ、緩やかに分散させた計画。建築の質的には、前日視察した施設と比べると、かなり落ちる建物。しかし、運営者がまだ若く人間味があり、何故か空間全体に暖かさを与えている。サ高住はうまく運営されていくか心配なところもありますが、1階のコーナーに作った駄菓子やに、開店と同時に子ども達が集まってきた光景を見、楽しみが続く期待が持てました。レストランは、東京から誘致したとのこと。完全に地域のレストランとして機能していました。夜も遅くまで運営し、お酒も当然提供しているので、かなりの需要があるようです。事実、我々10人を超える団体が食事をしながら話し合いを行っていたら、入店できないお客様が、外で列を作っていました。早々に退去しましたが、なにかが起こる予感を感じさせます。まだまだ未完成ながら、先が楽しみな、福祉施設としては稀有な例でした。
近年、福祉施設を設計していると、様々な制約に悩まされ、消化不良を起こしてきた感のある私にとって、少し光を感じることができました。60点の設計はできるけれど、90点が取れないもどかしさ。今一度、過去に自分で設計した施設を見直し、時間の経過と変化を十分に検証する必要があるように思わされました。
茂木 聡

桂離宮を見る。


去る6月28日(木)京都に行き、初めて桂離宮を見ることができました。昔は往復はがきで申し込み、見学日も変更されるなど、遠くから行くものにとって、なかなか見学が難しい場所でしたが、数年前から当日枠が認められ、空いていれば見学可能と成りました。29日に京都大学で講演をすることになっていましたので、前日朝一便で伊丹空港に入り、そのまま桂離宮に。運よく午後の時間帯が空いていて、初めての見学と成りました。書籍等では、いろいろな知識を持ってはいましたが、本物は、まったくの別世界でした。約400年前にデザインされた庭園、建築。凄いという言葉しか出てきません。園路では飛び石が多用されていますが、石の大きさ、形、向き、厚さ、位置等が計算され尽くされたように微妙に変化し、人を導いていく、時に破綻しかけるデザインが見事に次のシーンを演出する。あまりの美しさに驚きました。現代でもそのまま通用する斬新なデザイン。前例がなく突然表れた桂離宮の美は、どのようにして生まれたのか。いまでは知る由もありません。しかし、日本という国の奥深さを感じました。宮殿もピロティーで支えられた軽快な雁行した平面。庭園のファジーな形態と、建築の直線美が見事に調和しています。ドイツ人のブルーノタウトが見学しその美しさに感嘆したことにより、日本国内で桂離宮が有名になったといわれていますが、それはあまりにも斬新なデザインゆえだと思わされます。当時のデザインとは明らかに異質なもの。現代でも真似のできるレベルでない空間に浸り、日本建築に酔った一日でした。
茂木 聡

時の流れ


建築は、完成してから時間が流れ出す。私が多く携わっている医療福祉の建築も同様です。先週、十数年前に設計した愛媛県宇和島市にある特別養護老人ホーム「あさひ苑」にうかがった。設計のコンセプトは、「消える建築」。意味は、建築が存在を主張するのではなく、建築に係る全ての人、植物、動物が主人公であるということ。建築は自然と同化することが一番だという思いからです。竣工してから訪れたのは4度目、その都度、時間の経過を感じることができます。設計当初、ものすごい荒地だった敷地、岩だらけの地面、昔は農地だったとのこと。四国、特に愛媛県は平地の少ない地域で、段畑という傾斜地を階段状に削って猫の額ほどの農地にジャガイモ等を植えている。そのような土地柄、敷地は珍しく平地に近い状態が保たれている。農地としては水はけが悪く、水位も高い。海も近いため、植えられる農作物は限定され、結果、荒地として残ったと思われます。設計にあたり極力自然の状態、つまり土地の形状、風景を残すことに努力しました。敷地は北側の海に向かって緩やかに傾斜、建築は傾斜を利用し、這うように建設しています。植栽は、東京の造園家で、地域の自然の植生を活かしながら、雑木林のような庭園を作ることで有名な、山本氏。私と彼は、設計の最初に大いに話し合い、お互いを尊重しながら設計を進めました。結果十数年の歳月を経て、当初の設計コンセプト「消える建築」が実現しました。詳細については、後日アップします。 茂木聡

平成30年5月1日という日


平成という年号が、あと一年で終わろうとしています。
私は昭和生まれ。来年の5月1日を迎えると、昭和、平成、〇〇と3っの元号を生きたことになります。昭和天皇が崩御され、平成が始まった時、私は30歳代前半、秋田に移住してきたばかりの頃。いまでも鮮明に覚えているのは、故小渕官房長官が「平成」を発表したテレビ画像。亡き父は大正生まれ、私と同様3っつめの元号を生きた。その当時、父に対して感じたことは、長い人生だと。今自分にも同じことが起ころうとしている、確実に年齢を重ねてきたことを痛感します。               私は本が好きで時間ができると本屋に顔を出します。本を見る、特に専門書を見ると自分の生きてきた時間の経過を感じます。昔は、年上の建築家達の本が並び、輝きを放っていた。いつか自分もという思い。今は、自分より年下の建築家が多数出現し、活躍している。そしてもう一つ、多くの知っている建築家達が亡くなっている事実。本というものがこれほど直線的に死ということを告げるとは、昔は想像できませんでした。                                  最近、私の大学院時代の2学年先輩が、本を出版されました。設計事務所を運営されながら、母校の教授として15年間教鞭をとられた。今年大学教授の定年を迎え、それを期に、自分の作品集を出版されたようです。                  私は大学生時代から現在まで、一貫して医療福祉の建築を研究し、設計してきました。今日という日を思う時、携わってきた多くの建築、研究をまとめることが自分の使命であるように感じています。幸い、多くの大学研究者の方々からもご協力いただけるお話をいただき、平成の最後の一年を設計活動をしながら、建築家の生き様としてまとめようと思うようになりました。散文的になるとは思いますが、本欄に1年をかけ時々ではありますが、投稿して行きたいと考えています。
  本ページは、その前書きとして。  茂木聡

ホームページの更新について


2018年4月から、ホームページの形式はそのままに、細部の内容を更新しました。今年度からは、より早く、詳しい情報を発信して行きたいと思っています。よろしくお願いいたします。

平成30年度が始まりました。


平成という元号が来年前半までと決まり、来年途中には、新元号のもと、活動していくことになります。考えてみれば、昭和、平成、〇〇と3元号にわたって生きることになりそうです。西暦にしてしまえばとの意見も増えました。書類上は確かに合理的です。しかし、元号には独特の時代感があるのも事実です。両親はすでに他界していますが大正生まれで、大正、昭和、平成と3元号のもと、生きていました。大正というと大正ロマンとか、昭和ですと、戦争と復興、さて平成はどんな時代だったと以後思われていくのでしょうか。

秋田県の将来人口が日本全国で一番減少率が高いとの発表がありました。30年後には60万人。新聞等では、予想以上に早いとのコメントも見受けますが、私が二十年ほど前に見たある研究所の推計と、今回の数字は、ほぼ一緒でした。新しい時代は確実に訪れます。今までのようにスクラップエンドビルドの時代は終わっています。これは、設計活動をしていると痛切に感じます。10年ほど前から、確実に変わっています。秋田市では、今文化会館の改築と、市立病院の改築を行う予定です。しかし、人口減は、今回の推計よりもっと早く進むことが読み取れます。数百億円の投資が必要なのか、市立病院に関しては、廃院という選択肢もあったと思います。

新しい時代に向かい、原点回帰、つまり建築が何故必要か、そして建築する場合、将来構想がしっかりしたものでなければこれからの時代許されません。厳しい時代に向かい、大きな節目であるということを痛感します。

新年度にあたり、これまで以上に研究、研鑽を積んで、よりよきものづくりを目指して、出発したいと思います。皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。 茂木 聡

平成29年度居住支援全国サミットに参加して


平成30年3月5日、東京に於いて居住支援全国サミットが開催されました。厚生労働省及び国土交通省が一緒に展開しているイベントです。近年、国の各省庁間の垣根が少しだけ低くなったように思います。福祉施設に関しては、「サービス付高齢者住宅」が良い例です。しかし、この件に関しては、別項に譲るとして、ここでは、今回のサミットの内容について、コメントしたいと思います。基調講演は、京都大学大学院教授 三浦研先生でした。先生は、弊社の設立5周年イベントにもおいでいただき、ご講演をいただいています。先生のご講演テーマ「ストックを活用した多用な居住支援」。最近、様々なところで、空き屋問題を耳にします。一方で生活保護受給者やお年寄りの方が、すむ場所がないという問題も起きています。一件矛盾した話ですが、現在の法制度及び不動産会社が介在したシステムでは、この問題は解決しません。弊社でも数年前からこの問題に取り組み、研究を進めています。今回、建築基準法の改正案が、本サミットで発表され、近々法制化されるとのこと。これにより法制度のハードルは下がりました、後は、以下に運用するかです。その現実と可能性を示したのが三浦先生のご講演でした。施設と住まいの歩み寄りという表現を使い各市町村等で実験的に行われている成果を示し、可能性を探るないようでした。地域、住宅、就労、ケア、これらの言葉が鍵となり、問題が解決される糸口を具体的且つ大胆に低減されました。内容は多岐にわたるため、本誌面では割愛しますが、その中で一番先生が重要である内容としてあげたのが「デザインの重要性」でした。非常に興味のある内容で、我々建築家の存在の必要性を痛感した次第です。  茂木聡

Top