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Column

 コラム

2020.6.18

先月は、母の日、今月は、父の日。いつの間にか浸透した日。世の中が平和である象徴と思えます。しかし、昨今の新型コロナウイルスにより、福祉施設に入居されている方々は、ご子息に直接会うことはできません。面会禁止がほとんどでしょう。WEBを利用しての面会は、いろいろ試行錯誤しながら行われていますが、人間は群れて生きる動物。所詮目の前にあるある種の壁がある以上、見ることはできても、会うことはできない。感染症対策としては正しいことなのは事実ですが、人間が住む環境で、それもご高齢になられた方々がなじめるかというと、難しいと思えます。ある施設の施設長と話をしていてまったく層の通りだと思ったのが、三つの「しょく」が大切であるということでした。1)「食」食べること 2)「蝕」接触の蝕、触れ合うこと 3)「職」働くこと、果たすべき役割があること。まったく同感です。しかし、今回の感染症で、これらがすべて難しくされてしまった。一般の方も難しくなりました。「コロナ鬱」という言葉さえ出てきました。
福祉施設の果たす役割とは、何でしょう。ご高齢で一人で生活できることが難しくなった方々にご入居いただく。考え方は正しいと思います。しかし、人間の生活、尊厳を考えた場合、果たして良いのだろうか。設計をしていて、施設の訪問して、考えさせられます。日本で初めて、外山先生のご指導の下、ユニットケアの考え方を実践した施設を造り、以後法制化されて、一般的になりました。小規模であれば、コミュニティーが生まれやすいという考え方を基本にしたものです。現在、これらの考え方が、運営という観点から、岐路にさしかかっていることを痛感します。今、外山先生がご存命なら、どのような答えを出したのでしょうか。今一度、原点に返り、高齢者福祉を考えなければならないと思っています。  茂木聡