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 コラム

2020.9.3

ZEBは、CO2削減を目標に、省エネルギー対策を充実させた建築の総称です。今回は、ZEB Ready(省エネ、通常同規模施設のエネルギー使用率50%削減)+防災をテーマに、非常電源用として、太陽光発電+蓄電設備を装備した設計となっています。太陽光発電は、通常時は、施設の日常電力に利用されることから、実際には、60%以上のエネルギー削減可能な設計となっています。施設は、特別養護老人ホーム。80名の方がお住いになります。9月1日に開所され、順次入所を開始します。施設が完成してから約1っカ月、運転状況を見てきましたが、確実に省エネルギー効果が発揮されていることを実感しました。環境省の補助金から設備費等に充当されています。国土交通省は、省エネ基準を益々強化すると発表しています。次世代エネルギー施設が完成したことになります。来年度から3年間は、環境省に実績報告の義務はありますが、実態は、私も知りたいところです。ZEB化は、公共施設の場合、将来義務化されると言われています。日本が世界に対し発表しているCO2削減率は、国際公約です。弊社は、秋田県の建築設計事務所で初めてZEBプランナーの資格を得ました。これは、設計する建築すべてをZEB化するのではなく、ZEBの知識を利用し、無駄なエネルギーを使わない建築設計に応用することが目的です。新たな建築を設計する時、ZEBプランナーの目線から、設計をチェックすることができます。弊社の新たな能力として大いに活用していきたいと考えています。 茂木聡

2020.8.3

老人福祉法には、実に様々な施設が定義されています。十数種類。専門家でもない限りその違いを説明することは難しいと思います。まして、一般の方が違いを理解することは、至難の業でしょう。通常、「老人施設」といわれる建築は、時代の変遷、法的根拠により、細分化されてきました。今回弊社が設計し、竣工した「特別養護老人ホーム共生の里」は、老人施設で言えば、一番重度な方々が入居され、介護保険制度のもと、手厚い保護、ケアを受けることができる施設です。昔は老人施設に入居というと、一種の差別感がありました。2000年、秋田県鷹巣町当時町長だった、岩川氏が入居させることが、ステイタスになる施設を作りたいとの考えから、故外山義京大教授と弊社が組んで作った「ケアタウンたかのす」は、新時代の幕開けになったと自負しています。全室個室が当たり前になった現在ですが、建築的にユニットケアの概念を構築したと考えています。当時考えたユニットは、6~7人が1ブランチで、それが3っつくっついて一つのユニットを構成する考え方でした。介護保険で1ユニット10人(最近では若干多くなってもOK)、夜間は2ユニットで一グループという規則が作られたせいで、ユニットケアが融通の利かないものに思われるようになってしまいました。実際、この規定は、運用上非常に難く、建築設計する立場からも、無理があるように思います、現在は介護度3以上が入居条件になったため、ますますむずかしく、意味のない空間造りになっている部分もあります。一時ユニットケアが良いと言われ、私自身も数十件設計してきましたが、多床室回帰の動きもあります。基本は、利用者の尊厳をいかに守るかであり、ユニット、個室論ではなく、利用者本位の空間を作ることが一番です。北欧では、かなり昔、脱施設が議論され、末期の方の最後の受け皿としてナーシングホームが位置付けられています。「クリッパンの老人たち」(外山義著)を読むと、克明に記されています。日本の福祉計画は、限界にきていると感じます。今一度、全体を通して、老人施設とは何か、考える時だと思います。 茂木聡

 

2020.7.7

熊本県で大雨で、多大な被害が発生し、多くの方がお亡くなり、また被害にあわれました。避難中の方も多数います。早く復旧することを願うばかりです。
大雨、洪水等で、毎回のように福祉施設の被害、避難について指摘されます。今回も特別養護老人ホームが被害にあわれました。新聞等の論調では、避難訓練がダメとか、低い土地に立地することは避けるべきとの指摘が出ています。もっともなことです。しかし、福祉施設を町中に設置するようになったのは20~30年の間です。それ以前は、山奥に設置され、表現は悪いですが姥捨て山と指摘されてきました。それが極力町中の通常の住宅街に設置しようとの考えは正しいと思います。しかし、日本の町の通常の住宅地の多くは、大雨による洪水と隣り合わせた環境であることも事実です。また、今回被害にあわれた施設は、特別養護老人ホームです。入居条件が介護度3以上。入居されている方々は、当然自力では避難できません。スタッフがお一人お一人を避難させる以外に方法はありません。日中でしたら介護スタッフの人数も多く、ある程度対応可能でしょう。しかし夜間の場合は、スタッフの人数(入居者20人にスタッフ1人程度)が限られていますので事前に想定してスタッフを集めないと対応は不可能です。垂直避難が必要との指摘もありました。しかし、災害時、エレベーターは使えません。スタッフ1人で入居者を担いで上がるしかありません。現実的には大変な労力であり、時間もかかります。結果、逃げ遅れるということも想定されます。では、どのようにしたらよいのでしょうか。スタッフの数を増やすのが一番簡単なのですが、現在の介護保険等を含めた福祉施設の収入では不可能です。また現在の日本の財政が、今以上の福祉予算を増やすことは無理でしょう。住みよい場所に入居者を集めることは、無理ということになります。また、昔のように、山奥に設置するのでしょうか。
今、福祉施設は大きな曲がり角にあります。家庭内で介護ができなくなった方々を住まわせる施設。
大いに考え、議論すべき時だと考えます。施設に責任を持たせるのではなく、国全体、国民全体で考え、対応すべきと思います。  茂木聡

2020.6.18

先月は、母の日、今月は、父の日。いつの間にか浸透した日。世の中が平和である象徴と思えます。しかし、昨今の新型コロナウイルスにより、福祉施設に入居されている方々は、ご子息に直接会うことはできません。面会禁止がほとんどでしょう。WEBを利用しての面会は、いろいろ試行錯誤しながら行われていますが、人間は群れて生きる動物。所詮目の前にあるある種の壁がある以上、見ることはできても、会うことはできない。感染症対策としては正しいことなのは事実ですが、人間が住む環境で、それもご高齢になられた方々がなじめるかというと、難しいと思えます。ある施設の施設長と話をしていてまったく層の通りだと思ったのが、三つの「しょく」が大切であるということでした。1)「食」食べること 2)「蝕」接触の蝕、触れ合うこと 3)「職」働くこと、果たすべき役割があること。まったく同感です。しかし、今回の感染症で、これらがすべて難しくされてしまった。一般の方も難しくなりました。「コロナ鬱」という言葉さえ出てきました。
福祉施設の果たす役割とは、何でしょう。ご高齢で一人で生活できることが難しくなった方々にご入居いただく。考え方は正しいと思います。しかし、人間の生活、尊厳を考えた場合、果たして良いのだろうか。設計をしていて、施設の訪問して、考えさせられます。日本で初めて、外山先生のご指導の下、ユニットケアの考え方を実践した施設を造り、以後法制化されて、一般的になりました。小規模であれば、コミュニティーが生まれやすいという考え方を基本にしたものです。現在、これらの考え方が、運営という観点から、岐路にさしかかっていることを痛感します。今、外山先生がご存命なら、どのような答えを出したのでしょうか。今一度、原点に返り、高齢者福祉を考えなければならないと思っています。  茂木聡 

 

2020.5.30

新型コロナウイルスによる感染症で、多くの方々が亡くなったことは、大変痛ましく、心からご冥福をお祈りいたします。

全国の非常事態宣言は解除され、非日常から日常へと移行しつつある状況で、大いに考えさせられたことがあります。未知の感染症ウイルスですから、どのようなことから感染するのか、発症した方はどうなるのか、感染対策は。マスコミ、SNSで大いに議論され、膨大な情報が垂れ流されました。これは良い、あれはダメ。しかし、未知の感染症である以上、過去の経験から想定していくしかない。結果論で批判する人、間違った情報で騒ぐ人、多くのあまりにも非常識な情報は、見ても聞いても何ともないのですが、名のある方々が作為的に発信される情報は、世の中を大きな間違った方向へ導いていく危険を感じました。私は、医療施設建築を専門としていますので、最低限の常識と、ある程度確実性のあるデーターが入ってきます。そのデーターを参考に、新たな施設設計に役立てようと思っています。しかし、マスコミやSNSに登場する似非専門家が非常識な発言をし、マスコミがあおると、人々は心理的恐怖におちいります。大切なことは正しく恐れることだと考えます。新型コロナウイルスの治療薬やワクチンが開発されたら、検証してみる必要があると思います。

社会は動き出しました。まだ感染症を克服したわけではありません。私が尊敬する福祉施設の理事長の言葉が印象的でした。人間生活において大切なのは3っつの「しょく」であると。

1 食事の「しょく」おいしもの、楽し食事は人間の原点、精神的にも心に余裕を持たせてくれます。

2 接触の「しょく」人間は、一人では生きていけません。人とのかかわりが大切です。

3 職業の「しょく」役割があれば、精神は健全に作用しますし、生きる活力も生まれます。

新型コロナウイルスは、これら3っつの「しょく」を避けることが有効な感染症対策と考えられています。そのため心を病むコロナ鬱の発症や、人間関係の絆を分断することで、社会的恐怖が増大したのだと考えます。薬品の開発が待たれますが、最終的には共存していくしかないのだろうと思います。インフルエンザのように。       茂木聡