ライフデザイン建築研究所

コラム

最近の福祉施設に思う。


毎年、話題の施設や、新しい施設が完成すると、視察に訪れます。
今年も話題の施設を4箇所視察しました。各施設で共通しているのは、いかに地域との共有部分を持つかということでした。建築的に見ると、玄関らしい玄関がないこと。地域の方たちが自由に出入りできる場所があること、そして、運営も地域との共有部分を中心に設計されていることだと思いました。
考えてみると、昔、故外山先生(京都大学教授)が手がけられたグループホーム「ならのは」も、1階に喫茶室があり、地域の方々が普通にお茶を飲みに来ていました。約20年前の建築です。同グループホームは建物の両面が道路に面していて、人通りの多い側には、福祉施設の看板がなく、喫茶店の看板のみが置かれていました。地域の方は福祉施設とは思っていなかったようです。
今回視察した2施設は、独立したレストランを中心に、建築を配していました。レストランの食事はおいしく、土日は、満席という状況だそうです。お酒も飲めます。
衣食住といいますが、福祉施設では、食事は必ず必要なもの、これを地域に向けて開放することは、極自然なことと考えられました。高齢者は現在は増えています。しかし十数年後には多くの地域では、減少することが見込まれています。既に減少に転じている地域も多くあります。福祉施設を安定的に運営するためには、地域に根ざすことが重要になってきます。外山先生が20年前に提案されたことが、今、大きく花開いています。 茂木聡

年度末に思う。


3月は、行政の年度末にあたります。その関係で、設計業界にとっても様々な仕事のまとめの時期と成ります。特に公共工事の場合、年度内竣工は必然です。
弊社でも、現在行っている公共工事の工期が、3月末と成っています。各現場は、最終調整に追われています。公共工事の宿命ですが、弊害も多々あります。人で不足、これは、若い人たちが建設業の職人に成りたがらないこと、その結果、職人の高齢化が進み、作業の速度が落ちることにつながっています。各現場で職人の取り合いも発生します。この様子を数十年見てきました。特に秋田に移住してからは、3月末竣工の問題点を痛切に感じます。たとえば外構工事。舗装等は、雪があったり、路面が凍結していたりすれば、施工できません。無理に行うと、早く劣化してしまいます。皆知っているのに、是正されない。無駄な経費もかさみます。日本は景気対策で公共工事が多く発注されます。特に秋田県は、建築工事の8割が公共工事です。(東京は2割程度)見直しが必要といわれ、随分時間がたちました。そろそろ限界なのではないでしょうか。 茂木聡

平成最後の年にあたって。


平成31年は、平成最後の年になることが決まり、あらたな年号をむかえる年と成りました。私は昭和、平成、新たな年号、3代にわたって、建築設計活動を行うことと成りそうです。「昭和」は主に東京で活動し、秋田に移住してから途中「平成」になり、今、新たな時代に移ろうとしています。事務手続きの関係から書類を西暦に変える動きも多いようです。また、西暦に統一したほうが良いのではという意見や、年号は不要ではという考え方もあるようです。確かに事務手続き上は西暦のほうが簡単なのですが、今年の正月に歴史の本を読んでいて、年号がその時代の象徴、イメージを表していることを痛感しました。個人的には年号はあったほうが良いと考えます。

日本の人口減少は急激です。全ての産業に於いて、深刻な問題となってきています。
設計活動では、新築よりも改修が大幅に増えました。建築設計も大きく変化していく必要性を感じます。
新年にあたり、新たな挑戦と位置づけ頑張っていく所存です。
本年も、よろしくお願いいたします。 茂木聡

師走


今年も12月と成りました。平成も来春で終わる。年号が変わると大きな時代が動くような気がします。昭和から平成に変わったときの記憶は、皆様も明確にご記憶のことと思います。
私も、工事現場が竣工し、竣工式をまじかに控えたときでした。昭和天皇のご容態が毎日テレビで放映されました。今日の血圧、脈拍等、天皇とはいえ人間です。プライバシーの無い死に疑問を感じました。
崩御され、昭和は終わりました。竣工式も中止となりました。
今回、期日を決め自然に天皇が変わる、良いことと思います。
まだ女性天皇の問題は残されていますが、少しずつ、解決策を見出すことが必要だと感じています。
弊社も10年という歳月を重ねてきました。
10年間何ができたのだろうかと、自問自答する毎日です。
一歩一歩、着実に歩みを続けていくこと、前進し続けること、そして来年は、大きな飛躍の年になるよう力を蓄えていきたいと思っています。 茂木聡

10年目を記念した旅


10月26.27.28日、会社を休ませていただき、研修旅行を行いました。
目的は、私自身の原点回帰にありました。
設計活動を行って約40年、百件以上の建築を造ってきました。その中で、私の設計思想に一番近い建築が、愛媛県宇和島市にある特別養護老人ホーム「あさひ苑」です。約12年前に竣工しています。定期的に訪問していますし、今年春の京都大学での講義でも取り上げた経緯があります。今回、竣工式においでになられ、今、福祉建築の世界で大活躍されてる、三浦研先生(京都大学大学院教授)、石井敏先生(東北工業大学大学院教授)両先生も参加され、弊社スタッフと交流しながらの旅をさせていただきました。
「あさひ苑」は以前にもこのコーナーで取り上げていますが、三浦先生、石井先生とも、わーと声をあげられたのが印象的でした。どう表現してよいかわからない、このよさを伝える方法がわからないと話されていました。建築と庭が一体となった空間は、訪れるものに人間とは、生物とはを教えられる空間として存在していました。
その後、高知県に入り隈健吾氏設計の図書館、ホテルを見学し、高知市に宿泊。
最終日は、私にとって、一番尊敬している故外山義先生(京都大学大学院教授)が始めて設計された小さな教会「土佐峰北キリスト教会」を訪問しました。ミサに参加し見学。事前に連絡していたこともあり、素晴らしい歓待を受けました。至福のときという表現がぴったり当てはまる時間でした。心が震える感覚があり、やっと訪れることができた幸せを感じました。
素晴らしい3日間を過ごし、三浦先生、石井先生とお別れしました。
両先生に大変感謝いたします。
これからも、もうひと頑張りしていきたい、良いものを作りたいという思いを強くした旅でした。 茂木聡

10年の歳月


今年10月で、弊社は10年目を迎えます。
昔、宇宙科学者の糸川英夫先生が、10年同じことをやれば十分、後はマンネリ化していくだけといわれていました。先生の名声は、日本の探査ロケット「いとかわ」に命名されているように、世界に誇る研究者でした。
省みて、弊社は10年を迎えるにあたり、どのような歩みをしてきたのか、反省しきりです。
最初の5年は、ただ闇雲に前進していたように思います。最近は、落ち着いたといえば聞こえは良いのですが、停滞気味にも思えます。
10月下旬の研修旅行は、京都大学三浦教授、東北工業大学石井教授と一緒のたびを企画しました。二泊三日で四国を廻る。
以前設計した愛媛県宇和島市に建つ「あさひ苑」の見学と、故京都大学教授外山先生が若い時代に設計した教会を見ることが中心です。
「あさひ苑」は、開所して昨年で10年でした。同じ時間をすごした建築を見て、初心に帰ること、そして外山先生の設計された教会に訪れて、自分の原点を見つめなおすこと。幸い、三浦先生、石井先生もご同行いただけるという幸運に恵まれました。新たな出発、新たな10年を、頑張って行きたいと考えています。  茂木聡

9月22日JIA秋田地域会主催、二ツ井道の駅見学会


道の駅は、能代市に在住し、全国で活躍されている西方氏の設計による、木造の建築です。構造設計は、弊社でも以前、国際教養大学図書館で一緒に仕事をした山田憲明氏。一部集成材は利用しているものの、一般に流通している木材を利用した簡潔な構造計画で大胆な空間を作り出しています。断熱は西方氏の得意なジャンルで、高性能住宅用サッシを採用し、コストダウンに成功しています。派手な建築ではありませんが、まじめで実直な西方氏らしい作品でした。見学者は、千葉、山形、宮城、岩手、青森そして秋田と広域から集まりました。休日であったこともあり、多数のお客様が集まり、道の駅というジャンルを超えて、遊び場としてのイメージも地域に根付きつつあるようです。おおらかな空間構成、理詰めでないデザイン、ゆっくり、過ごしやすい空間となっていました。JIAの活動は広く一般に建築設計という業務を広めること。
その意味からも見学した道に駅は、好感の持てる建築でした。  茂木聡

医療福祉施設先進施設視察会に参加して


8月17,18日と、医療福祉建築協会幹部会員有志による、2017日本医療福祉建築賞受賞作品及び、仙台市に新たに開設された複合福祉施設の視察に参加しました。総勢十名を超える人数と成りましたが、有意義な勉強会でした。17日は、岩手県大船渡に建設された特別養護老人ホーム「百年の里」。大船渡や仙台に施設を展開する大規模な社会福祉法人で、ユニットケア関連でも先駆的運営を行ってきたところです。ショートステイを含めて百名の定員。十字形を二つ繋いだ病院等で近年多く見られる平面計画。高さ制限10mに三階建てを計画し、天井を低く見せないよう、様々な工夫が随所の施されていて、苦労、努力のあとがわかる労作でした。設計者は初めて福祉施設を手がけた内藤氏。氏は以前、新居千秋事務所に勤務していたそうです。説明の中で、ユニットに関する考え方が少し誤解を持っている部分もありましたが、運営側はユニットケアに関しては精通しているため、問題はなかったようでした。
天上高さを確保するため、折れ曲がった形でダクトや梁をかわした構想力は、とても大胆で面白く見させてもらいました。ただ頑張りすぎた感もあり、見ていて息苦しさも。設計者は80%造りこみ、残り20%は運営者が造ると語った故外山先生の言葉を思い出しました。
18日は仙台市に新たに作られた「アンダンチ」。サービス付高齢者住宅、小規模多機能施設、保育園、就労支援施設、レストランを一箇所にまとめ、緩やかに分散させた計画。建築の質的には、前日視察した施設と比べると、かなり落ちる建物。しかし、運営者がまだ若く人間味があり、何故か空間全体に暖かさを与えている。サ高住はうまく運営されていくか心配なところもありますが、1階のコーナーに作った駄菓子やに、開店と同時に子ども達が集まってきた光景を見、楽しみが続く期待が持てました。レストランは、東京から誘致したとのこと。完全に地域のレストランとして機能していました。夜も遅くまで運営し、お酒も当然提供しているので、かなりの需要があるようです。事実、我々10人を超える団体が食事をしながら話し合いを行っていたら、入店できないお客様が、外で列を作っていました。早々に退去しましたが、なにかが起こる予感を感じさせます。まだまだ未完成ながら、先が楽しみな、福祉施設としては稀有な例でした。
近年、福祉施設を設計していると、様々な制約に悩まされ、消化不良を起こしてきた感のある私にとって、少し光を感じることができました。60点の設計はできるけれど、90点が取れないもどかしさ。今一度、過去に自分で設計した施設を見直し、時間の経過と変化を十分に検証する必要があるように思わされました。
茂木 聡

桂離宮を見る。


去る6月28日(木)京都に行き、初めて桂離宮を見ることができました。昔は往復はがきで申し込み、見学日も変更されるなど、遠くから行くものにとって、なかなか見学が難しい場所でしたが、数年前から当日枠が認められ、空いていれば見学可能と成りました。29日に京都大学で講演をすることになっていましたので、前日朝一便で伊丹空港に入り、そのまま桂離宮に。運よく午後の時間帯が空いていて、初めての見学と成りました。書籍等では、いろいろな知識を持ってはいましたが、本物は、まったくの別世界でした。約400年前にデザインされた庭園、建築。凄いという言葉しか出てきません。園路では飛び石が多用されていますが、石の大きさ、形、向き、厚さ、位置等が計算され尽くされたように微妙に変化し、人を導いていく、時に破綻しかけるデザインが見事に次のシーンを演出する。あまりの美しさに驚きました。現代でもそのまま通用する斬新なデザイン。前例がなく突然表れた桂離宮の美は、どのようにして生まれたのか。いまでは知る由もありません。しかし、日本という国の奥深さを感じました。宮殿もピロティーで支えられた軽快な雁行した平面。庭園のファジーな形態と、建築の直線美が見事に調和しています。ドイツ人のブルーノタウトが見学しその美しさに感嘆したことにより、日本国内で桂離宮が有名になったといわれていますが、それはあまりにも斬新なデザインゆえだと思わされます。当時のデザインとは明らかに異質なもの。現代でも真似のできるレベルでない空間に浸り、日本建築に酔った一日でした。
茂木 聡

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